主審の腕時計は1つではいけないの?
私の審判の仲間は、ほとんど全員が腕時計を左右の腕に1つずつ着けて試合に臨みます。私がサッカー4級審判の資格を取った20年前には、一つはアナログ時計(針のあるもの)、もう一つはストップウォッチ機能のあるものを、と指導されたものでした。今では、秒針タイプのストップウォッチを探す方が難しく、デジタルの時計を安価で入手できる便利な時代になりました。
初めて審判員資格を取った方からは「なぜ主審の時計は“2つ”なんだろう?1つではいけないの?」という疑問がよく出てきます。競技規則・第5条(21頁)には「(主審は)タイムキーパーを務め、また試合の記録をとる」という表記があるだけで、用具には具体的に触れられていません。アディショナルタイム(追加する時間、俗称ロスタイム)を知るためにストップウォッチとランニングタイムが必要、という説明もありますが、1つの時計で両方の機能を兼ねているものも多数、市販されており、説得力に欠ける気がしていました。しかし最近になって、やはり主審には時計が2つ必要だ、と痛感させられる場面に、私は偶然出くわしました。
9月のある日、小学校の校庭で行われたサッカーの試合を観戦していました。試合を担当する主審はキックオフの笛を吹き、軽やかに走り始めました。そして最初のプレーでボールがゴールラインを割ったため、CKのシグナルを示しながらゴール前に入ろうとした、その時です。校庭に打たれたマーカーにつまづいた彼はもんどりうって転倒したのです。試合開始後16秒。アクシデントとしか言いようがありません。膝を打ち、血も少し滲んでいましたが、彼は気を取り直して立ち上がり、土ほこりを払って何事もなかったように試合を続けました。
すると、前半5分が経とうとする頃、アウトオブプレーの際に主審は副審の方へ歩み寄り、何事か言葉を交わすとまたポジションに戻りゲームを再開しました。試合後、主審に確認すると、「転倒の衝撃で1つだけ左腕に着けていた腕時計が止まってしまった」、というのです。そこで副審に時間を確認し、事無きを得たわけですが、この時もしも、副審が時計を作動させていなかったら…?主審はタイムキーパーの任務を果たせなかったことになります。
このような転倒事故、選手やボールとの接触、操作ミス、あるいは電池切れ等によって、時計が試合中に機能しなくなるケースは、稀にですがあるのです。(Jリーグの公式戦でも主審の時計が2つとも停止した例は過去にあります)。主審を務めた彼にしても、まさか自分にそんな事が起こるものか、と考えて1つの時計で試合に臨んだのでしょう。しかし明日、読者の皆さんに同じことが起こらない、と言い切れますか?そう思っておられるのなら、それは過信からの油断というものです。良い審判員に必要なものは、準備と予測、そして他の審判員の失敗を冷静に見つめて、謙虚に自らの糧とする学習能力です。まして、選手や指導の経験をお持ちの方なら、「3秒あればゴールは生まれる」と信じて、勇気を奮いおこし、気持ちを引き締め、あるいはフィールドの選手を鼓舞してきたはずです。主審を任される立場になったなら、不慮の事故に備えて、左右の腕に時計をして、選手たちに対してプレーの時間を確実に保障して下さい。
また試合中に自分の時計に不具合が起こった場合、まずは落ちついて予備の時計を確認します。不幸にして予備の時計も用をなさない場合、近くの副審や4審と連絡を取ります。そして「残り時間は×分××秒です」といった口頭の確認だけではなく、時計自体を交換する(借りる)という方法も選択肢として頭の中に入れておいて下さい。